怪我の功名?

2014.12.31 19:59|文章
一年ほど放置されていた文章を、今になって書き直して投下してみます。
ちょっとした日常話。
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朝起きたら、頭が痛い。胃も痛い。全体的にだるい。
いつもは楽しみにしている朝食もまるで喉を通らず、仕事にも行けずに自室で寝台に転がる。
健康優良児と言われる自分が体調不良というのも情けないので黙っていようと思ったが、朝食に手をつけていない時点で即座にばれ、部屋に押し込まれたというわけである。
しかも、各々からの罵倒というおまけつきだ。
伝染るからさっさと部屋に行け、などという言葉はその通りではあるが癪に障る。
だいたい、この家にいるのは伝染りそうにもない丈夫な人間ばかりだ。弟を除いて。
ふてくされながら天井のしみを数える。しかし、すぐに数え終わってしまった。
本来なら幸せな時間であるはずの睡眠が、これほど面倒なものになり果てるとは。
ばっちり目が冴えてしまって寝ようにも寝られない。

しばらくして、扉を叩く音がした。
「お邪魔しますよ」
返事を待たずに顔を出したのは、アルだった。
その点は、今は別に咎めない。
しかし、いつも被害を与えてくる彼女だ。何を企んでいるのかと身構えるのは当然だった。
「そんなに警戒しないでください。自分が弱っている方に何かするほど非道な人間に見えますか?」
いやいや、お前ならやりかねない。
返事をしてやりたかったものの、どうにも喉の調子が悪いので無駄口は控えることにした。
アルは不思議そうに目を瞬かせたが、間もなく両手に持つものを掲げた。
どうして気付かなかったのだろう、黒漆の盆の上に載った食事に。
「そんな可哀相な長兄のために、お粥を持ってきました。ちょっとでも食べておいてくださいね」
あのアルがまともな行動を取っているだと――ミカノは思わず目を見開いた。が、彼女の手に持たれているという時点で非常に不安である。
「いいえ、自分が作ったものではないですよ。信用されていないのは悲しいですね」
こちらの心を見透かしたとでも言わんばかりに、にこりと笑顔を返された。言葉とは裏腹に至って晴れやかな様子だ。
アルは寝台の傍にある机に盆を置いて、ミカノの傍から離れる。
片手で扉を開けながら、ひらひらともう片方の手を振った。
「それでは失礼しました。お大事に」
ぱたり、と外との繋がりが隔てられる。
再び室内はミカノだけの空間となった。
少々ぼうっとした後、ゆっくりと上体を起こす。
匙を使って、粥にかじりついた。
初めこそ熱かったが、喉元を過ぎた頃にはじんわりとした暖かさに変わっていく。
よく見ると、粥の中には魚の切り身らしきものが入っている。
これを作ったのはティトレだろうか。
(疑って悪かったよ。親切痛み入る、ってヤツだな……)

苦労して三分の二ほどを食べ終えた後に、再び扉が叩かれた。
視線をそちらに向けてみるが、しばらく待っても入ってくる様子はない。
「……なんだよ? 用あるなら入ってこいよ」
出した声は思ったより掠れて聞きとりにくいものになってしまった。
しかし扉の向こうまでは届いたらしく、軋みながら扉が開いた。
こちらの返事を律儀に待っていたのは、カミヤだ。
いったい何用で来たのだろうか。正直なところ、彼は今最も近づいてほしくない人物なのだが。
足音もほとんど立てずに歩み寄ってきたカミヤは、仰向けになっているミカノの額に冷たい何かを落とした。
「ひっ!?」
反射的に情けない声をあげてしまい自己嫌悪に陥る。
その間に、彼はすたすたと外に出て行ってしまった。
一体何なのかと訝しんだが、冷たい何かの正体を知って拍子抜けすることになる――手にとってみたのは氷嚢だ。
そして粥の置いてある盆の上には、いつの間にやら水の入ったコップが置かれていた。
なるほど、看病され慣れた彼だからこそ病人の処置に詳しいというわけだ。
彼から世話を焼かれる日が来るとは思ってもみなかった。
(あいつも、こんな気遣いはできるんだな。伝染されたくないだけかもしれないけど……)

少し感激しているところに、第三の客が現れた。
先の二人よりもだいぶ乱雑に扉が開かれる。緩んだ蝶番が壊れるから止めてほしい。
この家でそうした登場の仕方をするのは一人しかいない。ユウシだ。
「よぉ、順調に弱っとるか?」
弱っていたらどうなんだ。とって食う気か。
不穏な言葉を放ち、彼が枕元にやってきた。手には小さな棒状の何かを持っている。
そして屈んでこちらに視線を合わせた後、眉間にしわを寄せた。
「ちょっと口開けろ」
この時、ミカノの思考回路はとんでもない所まで飛躍した。まさか、それを喉の奥まで押し込む気か、と。
だが今の状態で抵抗は不可能だ。諦めて、口を開いた。
するとユウシは手に持つ物を差し出した。
「舌の下に挟め」
どうやら喉奥まで刺されるということはないらしい。
ひとまず言う通りにすると、彼は何故か鼻で笑った。
「さては怖がっとるな? そいつは体温計っちゅうヤツや。しばらくしたらお前の重症具合が解るで」
「ちが……」
否定しようとしたところで無理やり口を閉じられた。体温計とやらが落ちるのを防ぐためだろう。
二人はそのまま、少しの間動かずに時を過ごした。
弱り目に見るユウシの鋭い視線は正直言って怖かった。
やがて彼が、先程と同じように目の前へ手を差し出してきた。
意図が分からず固まっていると、くわえていた体温計を引っこ抜かれる。
せめてもう少し丁重に扱ってほしい、というのは無理な相談だろうか。
ユウシは体温計をあらゆる角度から眺めた後、感心したように呟いた。
「これはなかなか……」
果たして何がなかなかだというのか。
ミカノの心はもはや不安でいっぱいである。
彼はくるりと振り向き、未だ完食されていない粥に目を留めた。
「お前、今は辛いかもしれんがちゃんと食べとけ。変にこじらされても困るからな」
ずり落ちかけていた氷嚢が頭に乗せ直される。
目を丸くして、彼を見つめた。返ってきたのは、何がおかしいと言わんばかりの顔だ。
(……もしかして、普通に心配されてたのか……?)

三人目の客が去ってから、盆の上に置いていかれた体温計を手に取って、目の前に掲げた。
真ん中に赤い線があり、その横に目盛りが細かく書かれている。
これが体温を表しているなのだろうが、読み方もそもそもの基準値もわからないために、重症かどうか知る術がない。
ただ、ユウシの様子を見るとそれなりの具合なのだろう。
体温計を再び机へ放り投げ、粥を手に取った。
持ってこられた時より熱くはないが、まだ器は暖かい。
自分が病気をしたことなどほとんどなかったために気付かなかったが、普段は厳しい彼らも病人に対してはそれなりに気遣ってくれるらしい。
病気だってそう悪いことばかりでもない、のかもしれない。
しかしこれはこれで気恥かしいし、動けないのは非常に都合が悪い。
こそばゆさを誤魔化すため、残っていたお粥をかきこむように口に入れた。そして、むせた。
慌てて喉に水を流し入れて一息ついた時には、不思議と穏やかな気分になっていた。
さっさと寝てさっさと元気になろうと決め、頭まで布団を被る。
寝付くまでそう時間はかからなかった。

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